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京極夏彦■巷説百物語 芝右衛門狸 [書]

京極夏彦■巷説百物語 芝右衛門狸
●2021.09.12

今日は長いです。
もっと短くまとめても良かったのですが、自分の備忘録というか、頭に叩き込むという目的(『了巷説百物語』に向けて)もあるので、長くなってしまった。ネタバレなので、今から読もうと言う方は、パスして下さい。

京極夏彦■巷説百物語 芝右衛門狸●角川書店.jpg


登場人物
●御行の又市
●山猫廻しのおぎん
●事触れの治平
●山岡百介


■芝右衛門狸
淡路でのお話。
芝右衛門という名の好々爺が居た。家は代々農家で豪農ではなかったが、暮らしは豊かだった。
芝右衛門は謹厳実直で働きづめに働いて年老いた。しかし老境の芝右衛門は悔いてはいなかった。
芝右衛門は人柄も温厚で読み書きも達者だったので慕う人も多かった。
隠居してからは日がな一日茶を啜り、句をひねって過ごした。
芝右衛門には子が五人、孫が十人居た。
村外れに人形浄瑠璃の小屋掛けがあった日家族総出でそれを見に行った。惣領の弥助の孫“てい”が芝居の最中に憚りに行くと言って座を抜けた切り、姿を消してしまった。
村の衆総出で夜っぴで探したが見つからず、拐しじゃ、神隠しじゃとなった。
“てい”の骸が朝方芝居小屋の裏手でみつかった。頭が真正面から切り下され、唐竹割りに割られていた。
普段笑顔を絶やさぬ芝右衛門も泣き、萎れた。
吟味の結果、近頃上方で評判の辻斬りだろうということで落ち着いた。
その頃今日から大阪にかけて残忍非道な辻斬りが横行していた。
-遺恨なく金品も取らず、身分や男女をの差を問わず、ただ夜陰に紛れ、行き合った者の息の根が止まる迄斬る―ただ殺す
-所謂通りもの-
芝右衛門は考え抜き、畏れ乍らと、役人に、「これが辻斬りの仕業とは思えぬ。もう一度お調べを詮議してもらえないか」と申し出た。
役人は「芝右衛門、その方の申し出は真に以て尤も至極。我らとて左様に思わぬ訳ではない。ただよく考えよ芝右衛門。もしも下手人が上方より流れ来た辻斬りでなかったなら、その時はその方の住まうこの村の、村の衆の中に下手人が居るという事になるのだぞ-」
浄瑠璃の見物客、演者、皆顔見知りである。疑う余地はなかった。下手人はその中には居らぬ。
否-居てはならぬのだ。ならば辻斬りだろうが、魔物だろうがお役人に任せる以外ない。
そして騒ぎは鎮静化した。
ひと月、ふた月経つうちに村はそれなりに秩序を取り戻した。
秋、満月だった。
芝右衛門は皎皎と照らす太陰に見蕩れていた。
凝乎っと芝右衛門を注視るものがある。暗がりに煌りと二つの眼が光った。
それは―一匹の狸であった。
芝右衛門は暫し待てと言って、厨房へと赴き残り飯を鉢へ移し、庭に戻るとその狸は行儀よく庭に鎮座していた。
狸は鉢の中を平らげて、礼でもするように二度三度首を振り夜陰に消えた。芝衛門は獣の消えた闇に向け、儂の言葉がわかるなら明晩再び来るが良いと言った。
その翌日、狸は居た。再び飯をふるまった。四五日続いた。七日目の晩、翌日昼に来たら尾頭付きを進ぜようと言った。午の刻に狸は来た。家人を呼び集め狸を見せて、わが友と告げた。狸は芝右衛門の家に迎えられ、可愛がられ、座敷に上げて話し相手にもした。
村の者はあの芝殿もどうにかなったのか?と芝右衛門の正気を疑った。
芝右衛門は狸に、村の者はお前様が人語を解すという事を信じていない、もしお前様に芸があるのであれば、人にでも化けて来てはくれんか。と。
翌丸一日狸は姿を見せなかった。いつまでたっても狸が来ないので障子を閉めようとした時、視線を感じた。そして低木の下から影がせり出した。
大黒頭巾を被り、戎色の袖なしに筒袴をはいた身なりの良い老人が立っていた。
「手前は堂ノ浦に住む芝右衛門と申します」昨晩所望があったのでこのような姿で参上したと。
芝右衛門はどうした訳か実に愉快な気持ちになり狸の言葉を信じた。

話は変わって人形芝居の市村松之輔の屋敷。
秋口に怪異が起きた。
人形庫から啜り泣きが聞こえてきたとか―――。
娘の人形が一人で歩いていたとか―――。
頭同士が語り合っていたとか―――。
その手の話で松之輔は動じる事はない。松之輔の憂鬱は別のところにあった。
松之輔の杞憂は人形ではなく人であった。その人物は屋敷の離れ座敷に坐す(おわす)さるお方であった。
今年の春、城代から呼び出しがあった。淡州支配の稲田九郎兵衛とお目見えが叶うなり、人払いがされ、内密の頼み事を引き受けてくれとのことであった。何度も念を押され問われたが、洲本城代蜂須賀家家老職直々の申し付けである。松之輔に断れるわけはない。
暫く客人を与って貰いたいのだ―――。
そして少なからぬ支度金と厳重に封をした書状が渡された。
ふた月後、稲田の指示通り丹波の興業の後、化野で客人を迎えた。
共侍三名を従えた、頬当頭巾で顔を隠した立派な身なりの若侍であった。
丸顔の酷く倦み疲れた初老の武士(藤左衛門)が一歩前に出て深々と礼をした。武士に頭を下げられる、礼を尽くされるなど一度もなかったので松之輔は戸惑ったのを覚えている。何も問わぬ約束であったが、何とお呼びすればよいかそれだけ問うた。
「殿と呼べ―――。」と若侍が言った。
悪い予感がした。その若侍が発する酷く厭な気配を敏感に感じ取った。
例年夏場は淡路中を巡回するのだが、若侍が同行する旅は人目を忍ぶ為深夜となり旅の行程は遅れたので、道すがら一箇所だけ小屋掛けすることにした。がそこで騒ぎが起きた。
興業中に村の娘が神隠しにあった。
その日も若侍は荒れており、三人の従者も閉口していた。翌日役人が入ってきたが、役人たちは侍達の姿を見ても訝しむこともせず、寧ろどこか納得の行ったような顔になり、ただ一礼して去った。
屋敷に戻り、離れの座敷を宛てがった。ひと月ほどは静かなものだった。
やがて離れから罵声が響くようになった。そして夏の終わりごろ従者の一人が死んだ。運び出された従者の死体は、額を割られ、胸も腹も縦横に斬られ、彼の若侍に手打ちにされたのは一目瞭然であった。
松之輔は血で汚れた離れを清めたが、人が住んでいたとは思えなかった。獣の塒、猛禽類の巣のようだった。
二人目の従者の姿が消えた後より怪異が起き始めた。
右目の上を腫らせた藤左衛門が松之輔の部屋を訪れたのは怪異が始まって五日目だった。
藤左衛門は松之輔に、殿は人斬りの病だと。そして殿の寝所に夜な夜な現れる物の怪、殿曰く狸、の事を話した。藤左衛門は隣の板間で寝ている、物の怪が現れている間藤左衛門は意識が遠のいているので、直接見ていない。ただ不可解なのは、物の怪は語るのみだと。昨夜は浄瑠璃の人形の頭を置いていった。その人形の顔面はまるで西瓜の如く真っ二つに割られていた。そして藤左衛門は自分は意識が遠のいているので物の怪の姿を見れないので、松之輔に見張りを頼んだ。
殿の夕餉の後の風呂の間に松之輔は離れに忍び込んだ。そして殿の部屋の隅に無造作に置かれた長持ちの蓋を細く開くように木片を挟み、中で夜を待った。窶れきった殿が床に伏した。
虫の声が聞こえた。
りん、と音がした。
松之輔は身構える。
障子がぼうと丸く、薄明かりが点った。
「長二郎」低い声がした。
松之輔の総身の毛穴が開いた。
物の怪は巡礼の様な白装束で跫を立てずに這入って来た。頭は行者包み、首からは偈箱を下げ、手には鈴を持っている。
物の怪は侍の顳顬(こめかみ)を押さえつけた。
「さあ――いい加減に本性を顕わすが良い。裏切り者の長二郎よ。この六右衛門とあの金長とどちらにつくと申したか。この場で返答するが良いぞ―――」
「黙れ卑怯者。おい長二郎狸。・・・・・」
「よ―余は――たぬきなどではない。よ、余は、ま、まつだい―――」
「己は畜生だ。獣だ。幾ら人を気取っても始まらぬ。浅ましきけだものだ。けだものにそのような、偉そうな姓などないのだ。己はな、ただの狸の長二郎よ。それが証拠に――ほうら思い出すが良い。京都の三条、筆問屋の娘を斬り殺した夜のこと――」
「おおおおお—――」
長二郎は雄叫びを上げて身を起こし、狂ったように立ち上がると、ぐるぐると躰を回して叫んだ。
りん。鈴が鳴った。
侍は放心し両膝を落とした。

芝右衛門の孫娘ていが殺された時の吟味役だった勘兵衛が芝右衛門宅を望む松林の中に居た。
勘兵衛は洲本城城代稲田より、噂の芝右衛門狸の真偽の見極めを申し付かっていた。そしてただ呆然と眺めていた。いきなり見慣れぬ風体の若い男に声を掛けられた。
「私は江戸は京橋に住まう山岡百介と申します・・・」
若い男はあれは贋物だと思います。ときっぱり言った。
そこで老人に犬を嗾(けしか)けてみようと思うと。
「あの老人が狸ならもうどうすることも出来ますまい。直様狸の姿に立ち戻り、姿を晦ますことでしょう。もしもそれが出来ない時は―――犬に喉笛を噛み切られ、死して後に獣の本性を曝しましょう」
若者が犬を連れて戻ると去った後、勘兵衛だけが取り残され、芝右衛門の目に留まり、座敷に上げられ歓待を受け、芝右衛門狸の挨拶を受けた。
勘兵衛は人にしか見えなかったが、この爺が這入って来た途端、部屋が腥(なまぐさ)くなった。
芝右衛門狸は三十六年前の阿波の金長六右衛門の狸合戦の事を話し始めた。
この時の勝敗を決する要因となった、残忍非道で知られる猛々しい長二郎の話になった。
長二郎は六右衛門の援軍を快諾していたが、狸同士の争いで命を落とすなど真っ平御免と合戦の直前にとんずらをきめ、煙の如く消えてしまった。ほとぼりが冷めるまで人間に化けて身を隠しただろうと。
長二郎は六右衛門の仕返しが怖く三十年もの間只管人に化け続けたが、遂に本性を顕わした。人様を殺め始めた。
お察しの通り、京大阪を渡り歩き、罪なき人を惨殺した辻斬りこそが長二郎だと。六右衛門は征伐に、そして五日後の洲本の端の人形芝居がかかるので、そこで凡ての決着をつけると。
庭の方でいきなり轣轆と車を引く音がした。荷車の横には百介が立っていた。箱の中から獰猛な赤犬が二匹が物凄い勢いで飛び出し芝右衛門狸に飛び掛かった。「お助けを、お助け—――」と叫びながら二匹の獰猛な犬と垣根の向こうに転がっていった。
地面には大きな狸が死んでいた。

五日後の松之輔一座の人形浄瑠璃が演じられている時に事件が起きた。
数匹の犬に喰らい付かれ、物狂いの様になった、殿・あの若侍が桟敷に乱入してきた。場内は混乱を極め事態が収拾するまでかなりの時間を要した。犬は逃げ、侍は頓死した。
洲本城城代稲田九郎兵衛は卒倒しそうになった。離れでは藤左衛門は腹かっ捌いて息絶えていた。
松之輔は物の怪が最後に言ったことを思い出した。
――十日後・・・己は犬に食い殺されるものと知れ
その日が丁度十日目であることを。
松之輔は稲田に知ることの凡てを話した。
間を置かず勘兵衛と百姓の芝右衛門が稲田の許を訪れ、本日の惨劇は芝右衛門宅に訪れ狸によって予め知らされていたと。稲田は頭を抱え説明はつかない、理解するには
侍が狸である―――という結論である。
その上で侍の遺体を自ら検分した。遺体は人の姿のままだった。
藩主蜂須賀公が立ち上がり
「阿波は狸の本場であるとか―――・・・・ひと月晒し、それでも骸が人のままなら、その時改めて詮議を致すがよかろう」と。
十日経っても半月経っても――骸は人のままだった。が――二十五日目に――。
骸は忽然と狸の姿を現した。
そして事件は漸く公になった。
神無月某日、淡州洲本に於て徳州公浄瑠璃観覧の折、上方に於て人斬りを為したる長二郎と名乗る若侍、乱心の上上桟敷に飛び入り乱暴狼藉を働き、猛犬に噛み殺されしが、その骸、死して廿五日後もって狸の姿に変じ、衆人大いに驚く。彼の長二郎なる若侍、狸の変化し贋物なれば―――
本物はいずこに居らんや―――



さすがにいつものように一日で書き上げは無理でした。
仕事に行っている日は書いていなかったので、書き始めてから、他の本を4冊読んでしまった。
その中には京極夏彦の新刊『「おばけ」と「ことば」のあやしいはなし』も読んでおり、この記事を中断して、河鍋暁斎の記事にしようかと思ってしまった。
河鍋暁斎は葛飾北斎、歌川国芳と並んで興味のある絵師で、数冊の画集と図録(行き損ねた暁斎展の)を持ってる程だったのですが、京極さんの講演の中で暁斎の話があったのでついつい・・・。暁斎の記事はまた後日。



ところで、ワクチン接種しました?私は8月の末日に1回目接種しました。免疫力が高い方なので(炎症をおこすと、白血球がすぐ高くなる体質)いつもなら予防接種は受けないのですが、今回はさすがに受ける事にしました。来週2回目です。副反応あるのかな?連休は取っているのですけどね。まぁ、その日は予約している坂本龍一の「MINAMATA」のサントラが届くと思うので、熱出している場合じゃないので、根性ででも聴くつもりです。










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